2011年3月26日土曜日

ソーシャルメディアを自分の会社にあわせる根本的な誤りとは?




ソーシャルメディアでビジネスをおこなう上で重要なこと。
ソーシャルメディアを自分の会社にあわせるのではなく、ソーシャルメディアに自分の会社をあわせる発想の転換。

思い返してほしい。
99年.様々な企業がネットビジネスに進出した。大企業も、ベンチャー企業も入り乱れて。結局、どちらが勝ったか?

モール 楽天
不動産 ネクスト
人材 エン・ジャパン
リサーチ マクロミル

結局、資金も人材も豊富にあった大企業ではなく、新興ドットコム企業が勝利者になった。例外なし。

何故か? 大企業は資産をもっていることが逆に不利になったから。

ソーシャルメディアの第2ラウンドの戦いはどうか? グルーポン VS ポンパレード(リクルート) pureソーシャルメディア系大幅に有利。ここでも例外なし。

つまり、ソーシャルメディアを自分の会社にあわせるのではなく、ソーシャルメディアに自分の会社をあわせるというメンタルモデルで戦えるかどうか?

聖書からの引用
「だれも、新しいぶどう酒を古いびんに入れはしない。もしそんなことをしたら、新しいぶどう酒はびんをはり裂き、そしてぶどう酒は流れ出るし、びんもむだになるであろう、新しいぶどうは、新しい革袋に入れるべきである。」とイエス様は言われた。(ルカ5:37、38、マタイ9:17、マルコ2:22)

新しいメディアは常にユーザービリティを高め、どんどん経済価値を高めるように作用する(例外なし)。経済価値が高まるから成長できる。その逆ではない。

未来を予測する上では、常にSocial Economic Value(SEV)を高められるかという視点が重要だ。これが、どんなサービスが普及するかを予測する最も信頼できる未来の羅針盤だ。

これまで使ってきた資源、古いメンタルモデル、新しいメディアを組み合わせても、 SEVを高めることはできないのだ。

情報がソーシャライズ化される意味とは?




情報を分類する新しい考え方を考案中です。媒体別(テレビ、ラジオ、雑誌、新聞、ネット、ソーシャルメディア)、また1次、2次情報という情報分類はリアルタイム性が高まり有効性を失いつつあると思います。先日も、中学生がNHKテレビの震災情報をUstream中継した例が有名になりましたね。



なぜ、この情報がソーシャライズ化されているかどうかが重要なのでしょうか? 情報という言葉をブランドと言い換えると、その意味がわかると思います。例えば、あるブランドが売れるかどうかはソーシャルメディア時代にはそのブランドのポジティブな社会的合意が形成できるかどうかにかかるわけです。

また、ソーシャルメディア時代には、ソーシャライズ化された情報は真実ではなくても、一般的に真実と受け取られますので、行動への影響力が高いという特徴があります。

例えば、ある情報、ブランドが提示されてから、その情報の評価にある一定のコンセンサスが形成されるプロセスは、ある意味での「社会的な合意形成プロセス」として位置づけられることができると思います。

社会的合意が形成される条件は、①ある一定の参加者の存在、②自由でオープンな形で十分なインタラクションが行われる、③評価決定にあたり重要情報が提供され、情報の非対称性の低下する、④評価軸(メタ認識)が形成される、などが挙げられると思います。また、参加者の評価がオープンに共有されるなど、参加者の評価の可視化の重要性も指摘できるでしょう。


ご参考 ソーシャルメディア時代の情報の新しい分類法?:情報はソーシャライズ化されたかどうかが重要?!

2011年3月25日金曜日

今回の日本の大震災が、もしかしたら(いや、確実に)、<シェア、コラボ消費>普及の起爆剤になる




昨年末に買った、シェア《共有》からビジネスを生み出す新戦略(NHK出版)はつんどく状態になっていた。TEDで著者レイチェル・ボッツマンの講演があったのでみてみた。










《シェア、共有》という概念は情報財で考えると簡単にコンセプトを理解することができる。

情報財の価値は情報の鮮度である。例えばビデオを想像してみよう。通常の情報財は発売された直後の価値がユーザーにとって最大となり、その後、価値が低下していく。または、1回みたら、ユーザー価値が急減に下がる。

しかしながら、その情報財をまだ見ていない人にとってはその情報財の価値が高いもまだ。

したがって、その情報財を高く評価するAと、高く評価しないBの間で価値のスワッピングする可能性が生まれるのだ。それは取引コストが大きくない限りにおいて成立する。

シェア事業者は、そのスワッピングする場の提供、相手が信用できるかどうかの信用情報の提供をおこなうことで、この取引コストを極力下げようとする。

これによって、Economic Value(経済価値)を生み出すことができる。その会社がなければ生まれなかった経済取引を成立させた価値だ。何回かブログで触れているが、ソーシャルウェブサービスが普及するかどうかは生み出すEconomic Valueをみれば予測することができる。Valueがあれば取引が生まれるのだ。逆ではない。

この取引コストは、モバイルネットワーク、ソーシャルネットワークの普及によって、ここ数年で急激に下がったため、これまでシェアが不可能な領域まで広がってきているのだ。

今回の日本の大震災が、もしかしたら(いや、確実に)、《シェア》普及の起爆剤になる。アメリカでは、ちょうどリーマンショックがシェア普及のターニングポイントになった。不況+ソーシャルがシェアを後押しする。また、シェアのベースには共感、もったいものを節約する気持ちがあるからだ。

流行が起こる本当のメカニズムとは?


今月のダイヤモンドのハーバードビジネスレビューは「ソーシャルメディア戦略論」。日本ではFacebookページの作り方が盛んに議論されているが、海外ではソーシャルメディアをどう戦略的に活かすかにファーカスが移っている。




この中で、社会科学者のダンカン・ワッツという人が書いた「流行が起こる本当のメカニズム」が興味深かった。

ワッツ氏は、これまでマーケッターが前提としてきた、「流行は影響力があるインフルエンサーを媒介にして大衆に広まる」という2段階論は実は誤りだと論じている。

これは、例えば、世の中に影響力があるアルファブロガーに自分の製品を紹介してもらい、そこをテコに大衆に広めるというキャンペーンはあまり効果的ではないということだ。

実は,流行に影響力がある因子は、「影響されやすい側がクリテカルマス存在することの方だ」と言う。

インフルエンサーよりも、影響を受ける側の方が流行を生み出す上で重要という見解は、これまでの見解とは逆なので面白い。本当は、影響されやすい側の規模と連結度が流行を左右するのだ。

アナロジーでは、大規模な山火事では、最初のたった1本のマッチが山を燃え尽くす。最初にどの木にマッチの火が点火するかよりも、木が密集して生えているという条件が山火事を大規模にするということかもしれない。

この議論を進めると、ここからは私の推論だが、流行を左右するのは「時代の空気」ということになるのだろう。

例えば、これまで日本の寄付市場はなかなか育たなかったが、今回の東日本大震災によって一気に広がっている。これまで寄付に馴染みがなかった人たちが当たり前のように寄付している。これも時代の空気が変わったということなのだろう。

マーケッターとしては、時代の空気を読む部分と時代の空気を作る部分、この2つをどう組み合わせることができるかがポイントになるだろう。

2011年3月24日木曜日

ソーシャルメディア時代の情報の新しい分類法?:情報はソーシャライズ化されたかどうかが重要?!

 今、ソーシャルメディア時代に適した情報の新しい分類法を考えています。
通常は、情報がどのような媒体を通じて届けられたかによって分類します。
テレビ、ラジオ、雑誌、インターネット、ソーシャルメディア・・・と分類し、
消費者はテレビ情報を信じなくなった、友人経由のソーシャルメディアの信頼度は高いというように語ります。

しかしながら、
現在は、テレビ情報→ネット→ソーシャルメディアと、同じ情報が様々な媒体に流れていきます。その流れの一局面だけ捉えても、本当はうまく分類できないのです。

ですから、情報を媒体で分類するのは実はすごく難しくなっていますし、不適切になりつつあるのです。

そこで、
情報をソーシャライズ化されたかどうかで分類してみたらどうかという提案です。

ソーシャライズ化された情報:多くの人によってその情報がシェアされて、その情報の正しさがある程度担保された情報

ソーシャライズ化されていない情報:多くの人によってその情報がシェアされておらず、まだその情報の正しさの評価が定まっていない情報

以上のように情報を分類してみたらどうでしょうか?

なぜ、この新分類が意味があるかというと、ソーシャライズ化されているかどうかでその情報の価値が大きく異なるからです。

情報財の特徴は、伝達コストが低いので、多くの人に情報が所有されるほど、その情報は価値が高まります。ブランドなどもその最たるものでしょう。

もう少し、この情報がソーシャライズ化されるプロセスを今後考えて行きたいと思います。

政府の放射能漏れに関する発表なども、ソーシャライズ化されていない段階では情報価値が低い(行動に影響を与えることが期待できない)と言えるでしょう。

ご意見頂けたら参考になります。

日本人は何でそんなにザッポスに惹かれるんですか?

日本人は何でそんなにザッポスに惹かれるんですか?

今、私の友人3人がザッポスに訪問するためにアメリカに行っています。「ザッポス伝説 ダイヤモンドが出版」もまだまだ売れているようです。

私自身もザッポスのケースをワールドカフェ形式で議論する会を主催したり、だいぶインスピレーションをもらっています(ザッポスは自分の頭だけで理解するのでなく、みんなで分かち合った方が有益ですよ! ご案内は後ほど)

一体、何で日本人はそんなにザッポスに惹かれるでしょうか?

もともとザッポスは日本ではソーシャルメディア活用の先進事例として紹介されるケースが多かったです。

実際に翻訳本が出てみると、ザッポスはソーシャルメディア自体の活用がうまい会社というよりも、ソーシャルメディア時代の環境をうまく活かして成長している会社であることが分かってきたと思います。

トニーシェイが何度も強調しているのは、「企業文化、カルチャー」です。

ああ、そうなんだ! トニーシェイは企業=価値観を共有する運命共同体=コミュニティとしてとらえているだと思います。コミュニティモデルはソーシャルメディア時代の基本モデルです。

かつて、日本の企業は運命共同体、一緒の釜を食べる、仕事もプライベートも隔てない真のコミュニティだったのではないでしょうか?

しかし、今の日本の企業はコミュニティ機能をほとんど失ってしまった・・・それとともに、残念なことに、最も価値ある信頼資本も失ってしまったと思います。

ここの部分が、古き良き日本の経営を思い起こさせるところが、日本人にザッポスが惹かれる理由なのではないでしょうか? と、私は考えますが、皆さんはどのような感想をお持ちか、是非教えて下さい。

お知らせ
このザッポスモデルをどう日本に持ち込むことができるかを考えてみたいと思っています。地震が落ち着いたら、ザッポスのケースでワールドカフェをやりたいと思いますので、ご参加希望の方はmail(takukumazawa@gmail.com) 
頂けましたらご案内します。

2011年3月23日水曜日

LinkedInが日本で普及するかどうかのポイントは・・・

LinkedInの急成長が続いている。
登録ユーザーが1億人を超えた。今年日本に上陸するという噂もあり目が離せない。

インターネットを用いた人材マッチング業を振り返ると、
2000年以前はリクルートが紙媒体でおこなわれていた求人求職マッチングを、2000年10月にエン・ジャパンが設立され、インターネットを使った求人求職サービスを本格化させ、その後急成長した。

このエン・ジャパンとLinkedInのビジネスモデルを比較すると興味深い

求人企業は良さそうな求職者と面談して、人材の評価をおこない、採用するかどうかを決める。エン・ジャパンはあくまでマッチングしか行わない。人材の信用評価機能は求人企業が行っているのだ。

人材の評価は、情報の非対称性が非常に大きい分野。LinkedInのモデルは、プラットフォームを提供し、人材の評価機能をある意味でのマーケットに任せるモデルなのである。

様々なビジネス上の問題のやりとりやその人材のネットワーク等を見える形にすることによって、LinkedInは人材の信用評価機能も提供しているのだ。

仲介会社を不要とするダイレクトマッチング型モデル。これが、求人企業と求職者の両方の経済価値(Economic Value)を高めている。これが急成長の最大の要因だ。

LinkedInが日本で普及するかどうかのポイントは、どのような企業がこの人材の信用評価機能をある意味のマーケットに任せるか、それともこれまで通り企業内でおこなうかとかかるだろう。

みなさんはどう思われますか? Facebookでコメント頂けると参考になります。

震災後、効果的なコーズマーケティングの仕掛けのコツとは?

震災後コーズマーケティングの現状評価

震災後、様々な企業がコーズマーケティングに取り組んでいる。売上の一定率を義援金として被災者の方々の寄付に回す支援なども多い。

これが、企業の売上、将来の評判にどのくらい影響するか? つまり、課された責任を価値ある資産に転換することができるか、という点ではシビアな眼で見ざるをえない(誤解なきように、支援活動自体は大変いいことだと思いますし、どんどんやって頂けるとありがたいというスタンスです)

今回の震災規模を考えると、
企業として貢献すべき最低水準が上がっていること(むしろ何もやらないということの悪評判リスクはあると思います)

様々な企業がコーズマーケティングをやっているので目立ちにくい。

効果的なコーズマーケティングを仕掛ける上では、「〜の活動と言えばこの企業のことね」と人々に想起してもらえるようにするのが一つのポイントとなります。例えば、エイボンの乳がん撲滅キャンペーンやアメリカンエキスプレスの自由の女神補修事業のような。

これだけ多くの企業がやっていれば、東北関東大震災の支援=○○で想起させるのは難しい。
 むしろ、震災支援でも、企業の本業との重なる部分で、「震災の〜の活動に関してはうちの会社がやった」というような、より本業関連、ニッチ戦略が功を奏するだろう。逆に、一定期間たった後で、支援活動を始めるという「時間差支援」という手もアリと思います(被災者の方々の支援は息の長い話と思います)

例えば、医薬品メーカーが教育施設を妊婦の方々に一定期間貸すというような、例えば、子どもの笑顔のCMに使うというようなキャンペーンにつなげる(丑田さん、実現するといいですね)

今回のコーズマーケティングはNPOの顔が見えない。各NPO独自の支援活動を打ち出すことができないと、お金は、大手の安心感のある日本赤十字、ユニセフなどに流れてしまうだろう。

NPOは、コーズに関する情報、支援ノウハウ、支援活動に公益性のイメージを企業に付与する代わりに、企業から人、カネ、モノの提供を受けるという構造だからである。→NPO自体のブランド力も必要

企業は、ソーシャルインパクトの大きさ、本業との関連、ブランディングの有効性という観点から、もう一度自社のコーズマーケティングを見直すといいだろう。逆に、NPOの方々は以上の観点を企業の立場(!)からみて、企業に支援協力の要請をするといいだろう。

震災後スペシャルレポート:ソーシャルコンシューマーの誕生が日本の復興を担う

震災後スペシャルレポート:ソーシャルコンシューマーの誕生が日本の復興を担う

まず、震災後に、あなたの生活は何が変わりましたか?
・外食を控えて家で食事
・極力、外出はしない。した場合も、用事を済ませてすぐに帰る
・郊外の大型店に車で買い物に行っていたが、なるべく近くの商店街で
・生活必需品が中心、旅行、エンターテイメントの消費も控える
・電力をなるべく節約する生活

いろいろな変化がありますが、一番の大きな変化は、我々消費者の消費行動、購買動機が、「機能消費」から「つながり消費」に変化しつつあることではないでしょうか?

これまでは消費、モノを買うのは自分だけのため。
震災後は、自分の消費、モノを買うことが他の人のプラスにもマイナスにもなることがわかった。自分が買いだめすると他の人に迷惑がかかる。自分の消費が被災者の義援金に回る。
電力もみんなで協力して抑えないと全体に被害が及ぶ。これまでの機能消費から、つながり消費への転換。みんなつながっている、つながるための消費への変化の流れが加速している。

「ソーシャルコンシューマー」の誕生です!

実験経済学によると
10%の人間はどんな状況でも利己的
10%の人間は常に利他的。
残りの80%は状況次第で利己的にも利他的にもなりうる、ということです。

今回の、震災後は、この80%が確実に利他的動機、利他的行動に移行しています。

この変化の大半は一時的なものだろう、とは思います。ただし、ある部分、ある一定の消費者には永続的になっていくことも予想されます。これが、日本の変化、日本の復興には、大きな力になると思うのです。

何より、今回の震災で、我々の価値観は確実に変化しているから。一体、人間の幸せってなんだろうか? 

安心、安全、みんなの幸せを利他的に求めるソーシャルコンシューマーがこの流れを支える。それは、どこか根っこの部分で一つにつながっているコミュニティのつながり、安心感である。

ひょっとして、あなたは、まだソーシャルメディアってお金を稼ぐ手段と思っていませんか?

ひょっとして、あなたはソーシャルメディアってお金を稼ぐ手段と思っていませんか? そういう方にはJay Dergonの次の一節を

Social media are not about making money from social media rather the means of creating economic value from social currency.

ソーシャルメディアというのは経済価値を高めるための手段なんです
その経済価値はsocial currencyというものから生じるんです

では、そのsocial currencyというのは何かと言うと、
social currency represents information shared which encourages further social encounters and each encounter creates social value.

情報を共有、シェアすることによって様々な出会いがあり、それが経済価値を生み出し続ける媒体になるということでしょうか。

この議論で面白いと思うのは、
1.social currencyというものを擬製的に想定することによってソーシャルメディアの価値、役割が明確になるということです

2.あくまでソーシャルメディアの目的はeconomic value(経済価値)を生み出すことなんです。その部分をないがしろにしても、お金を生み出すことはできません。小手先は通用しないんです。Facebookのファン数が増えるのは小手先に入ります。この観点から、ソーシャルメディアキャンペーンとその効果をもう一度考え直してみてください(ペプシのリフレッシュプロジェクトが最適なケース)

3.また、このsocial currencyというのは通常の通貨とは違い、与えた側は何も失わない。受けた側は増える。みんなハッピーになれるという点です。この点からも、ソーシャルメディアが生み出す価値を図る新しい尺度が必要とされることがわかります(social value index)

この概念を理解できると、検索エンジンからソーシャルサーチの流れがはっきりわかると思いますので、一度、研究されてみてはいかがでしょうか?

2011年3月22日火曜日

ソーシャルウェブ型アーキテクチャーに変えないと国も企業も滅ぶ!?

今回はインタビューを編集してお届け致します。

質問
・どういう主張をされていますか?
・現在の政府、および東京電力の対応のどこが問題でしょうか?
・では、代わりにどのような対応をすべきしょうか?
・ご提案の「ソーシャルウェブ型アーキテクチャー」とはどのようなものでしょうか?
・なぜ、そのようなソーシャルウェブ型アーキテクチャーはうまく機能するのでしょうか?
・今後、政府や企業はこのソーシャルウェブ型アーキテクチャーをどう取り入れることができるでしょうか?

(質問)どういう主張をされていますか?

 現在の福島原発の政府および東京電力の対応をみている限り、うまく機能していないようです。原発対応のような緊急時に、政府や東京電力のような旧来型の中央集権型組織ではうまく対応できないことが国民にもはっきりわかりました。

 そもそも、中央集権型組織は、働く人が決まった定型的な仕事を邪魔されずに安定的に働けることを目指した組織形態であって、緊急時向きではそもそもないのです。

(質問)現在の政府、および東京電力の対応のどこが問題でしょうか?

 情報フローとして、東電→保安院→政府となっていますが、相対的に、専門性が高いのは東電で、専門性が低いのが政府となっています(本当はもっと専門性が高いのはメーカーです)。情報が下から上に、情報処理能力の低いところにあがっていく、この構造では、政府は東電の言うことを聞かざるをえない形になります。
 
 組織階層に上がるために情報ロスが多くなって、最終段階ではほとんど意味のない情報になってしまいます。保安院のチェックは果たして有効に機能しているのかという問題もあります。これで果たして、政府が正しい意思決定ができるかが疑問です。情報効率的にはなっていないからです。

(質問)では、代わりにどのような対応をすべきしょうか?

 現在、ソーシャルメディアでは原発の問題把握、今後の対応に関しても専門性の高い有益な議論が様々に展開されています。このような有益な議論を政府も東京電力ももっと活かすべきです。

(質問)ご提案されているソーシャルウェブ型アーキテクチャーとはどのようなものでしょう?

 ハブ&スポークか、マルチハブ&スポーク型になります。ネットでは、オピニオンリーダーを核にして様々なコミュニティが形成されています。例えば大前研一さんや後藤政志氏(東芝・元原子炉格納容器設計者)さんです。このような方がハブになります。

(質問)なぜ、そのようなソーシャルウェブ型アーキテクチャーはうまく機能するのでしょうか?

 第一に、ハブとなる人を中心に多くの人の情報や知見が集まることが挙げられます。そして、コミュニティではオープンにフラットな形で、対話(ダイアログ)がおこなわれることで、誤った認識、情報が淘汰され、どんどん情報の質が高まっていきます。この点が、中央集権型の階層組織ではないところです。
 次の段階として、ハブ同士がリンクされると、さらに次の系を形成する共進化が起こるケースもあります。

(質問)今後、政府や企業はこのソーシャルウェブ型アーキテクチャーをどう取り入れることができるでしょうか?

 そもそも民主主義という多数決によって社会のものごとを決めるというシステムは絶対的な優位性があるものではありません。独裁制に比べると、民主主義は相対的に優位性があったという、あくまで相対的優位性です。ですから、もっとうまく機能、メカニズムが生まれたらそれを取り入れるべきだと言えます。

 ノーベル経済学賞を受賞したケネス・アローは、「組織とは市場メカニズムがうまく働かないような状況の下で集団的行動の利点 を非市場的方法によって実現するための手段である」という主張をしてます。
 ソーシャルウイェブはこれまで市場メカニズムになじまなかった分野に市場メカニズムを導入する試みと位置づけることができでしょう。

 企業に関してはもっと切実です。ソーシャルメディアを使って何かやろうと試みる会社は多いですがTwitterでは全く収益化できていませんね。本当はものすごいポテンシャルがあるにも関わらず。
 その原因の一つに、自分の会社の組織構造、情報コミュニケーションに問題があるということに関して多くの企業がまだ無知です。この認識がないとFacebookでも二の舞になるでしょう。この部分を認識して、組織アーキテクチャーとソーシャルメディア戦略を連携した統合的な戦略を目指すべきです。

まだお伺いしたいことがありますが、本日はお忙しいところどうもありがとうございまいした。

ご参考
中央集権型 VS ソーシャルウェブ型

日本政府はソーシャルメディアの良さを取り入れるハイブリッド組を目指せ

図表 中央集権型 VS ソーシャルメディア

中央集権型組織は、事実の確認を伴いながら、情報インプットが下から上にあがっていくので、情報のアウトプットは比較的安定しているが、時間がかかるという構造となる。

 ソーシャルメディア型は多数の参加者が入り、情報インプットに誤ったインプットも入るが、フィードバックループプロセスで情報の質を短時間で高めることができる。また、インプット情報としては様々な多様な参加者の情報インプットが入るために問題解決力の対応幅が広いという特徴を有する。ただし、信頼の担保措置を講じないと、そのアウトプットの質には偏りも生じる。

中央集権型組織は平常時には比較的うまく機能するも、また、情報が下から上に階層をのぼっていくために、時間がかかるし、例えば階層間にうまく情報を伝えられない場合にはうまく機能しない。現在のように、政府と官僚組織の連携がうまくいっていない時は情報伝達がうまくいかずに、緊急時にはうまく機能することが難しくなる。ここが最大の問題点だ!

今の日本政府は、中央集権型組織にあり、一足飛びにソーシャルメディア型に以降するのは難しい。

したがって、ハイブリッド型を目指せ。ソーシャルメディアで行われている様々な意見や知見を取り入れる部署なり、人員を配置すべし。

2011年3月21日月曜日

日本政府+東電 VS ソーシャルメディアの勝利者はどっち?

 今回の震災を通じて、ソーシャルメディアは、ユーザー同士の連絡や安否確認、現地からの情報発信や情報交換に幅広く使われている。また、震災後にソーシャルメディアを通じての震災援助や募金などにも活用されており、改めて、ソーシャルメディアの威力が世間に広く再確認された形だ。

 対して、政府や東電はソーシャルメディアをうまく活用できるどころか、むしろ、翻弄されているように見える。中東では独裁政権の崩壊にソーシャルメディアが威力を発揮した。日本は独裁政権ではないものの、日本政府や東電のような中央集権的な組織とソーシャルメディアはどうも相性が悪いようだ。

 これは何故なのだろうか? もっとソーシャルメディア上の情報や知見を政府は活用すべきと、多くの国民は思っていると思う。

 今回のような緊急時、必要な情報が分散している場合、その分散情報を吸い上げ編集するメカニズムとして、ソーシャルメディアが特に威力を発揮する。多数の参加者がその情報編集プロセスに参加し、何度もフィードバックループがおこり、誤った情報は淘汰され、情報の精度も短時間で飛躍的に高まっていく。

 対して、中央集権的な組織はその分散情報をうまく活用できないし、活用するには時間を要しまう。また、情報が下からトップに上がるまでに情報ロスを生じてしまい、最初の情報が誤って伝わるケースも今回にもよく起こってしまう。最終的にはトップの情報解釈力、意思決定能力に大きく依存するということもこのシステムの怖さところである。

 民主主義は多数決が正しいという前提に立つシステムだが、この集合知をリアルタイムに、分散情報をフィードバックループさせるメカニズムを利用すれば、民主主義をより効率的なシステムに作りかえることは可能と思う。

いっそのこと、緊急時の政府の意思決定をソーシャルメディアに代行させてはどうか? 少なくとも、副官房長官くらいの地位は与えてもいいのではないか?

これは、有名な経済学者のハイエクの情報議論を思い起こさせる。

ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント(東電の日本最大級の3つの失敗から学べ)

福島原発ではリアルタイムの危機が依然として続いている。企業の危機管理として大変参考になるケースだと思うので、まとめておきたい。



基本的に、危機管理は利害関係者とのコミュニケーションなので、誰に、何を、どのように伝えるかが基本となる。定常時以上に、質の高いコミュニケーションが要求されるのだ。今回の東電では3つの過ちで、この基本がないがしろにされた。


3つの過ち
1 利害関係者をしっかりと特定できていない過ち(誰に)
2 何が利害関係者に価値ある情報か認識できていない過ち(何を)
3 利害関係者に様々なコミュニケーション手段を確保してない過ち(どのように)

1 利害関係者をしっかりと特定できていない過ち

その危機が及ぼす影響、関心の範囲を考えて、利害関係者を特定しておくべきである。日頃から危機に備えて鳥瞰マップを作成しておくべきである。

福島原発付近の住民、日本国民、日本に住む外国籍の住民、政府、保安院、海外メディア、電力を供給する企業、自衛隊、警察・・・

今回
・福岡原発付近の住民に十分な情報提供がなく、被ばくのリスクの説明もなく、不満を募らせている
・海外メディアに対して英語に情報提供が遅れたため、CNN,BBCがその役割を代替している
・ 日本に住む外国籍の住民に対しても情報提供すべきだったが、それがなされなかった。各国は退去、避難指示を独自の判断に基づいて行っている
・ 自衛隊も東電の説明が不足、最後には政府が丸投げすると不満を持っている


2 何が利害関係者に価値ある情報か認識できていない過ち

利害関係者は、意思決定のための情報、自分がどうすればいいかの判断のもととなる情報をもとめているのであって、確定した事実を知りたいわけではない(それでは遅すぎるケースがある)。この部分は政府(枝野官房長官)の誤解もあり、状況を混乱させた(裁判の場合は事実ベースが重要だが、危機の場合は意思決定に役立つ情報が価値ある情報となる)
放射能被ばくの可能性、その危険度などをわかりやすく示すべきである。

3 利害関係者に様々なコミュニケーション手段を確保していない過ち

危機には、速報性を正確性よりも重視すべきで、リアルタイムの情報提供がなされるべきである。ソーシャルメディアをもっと活用すべきである。質問に対して誠実、かつオープンに答えるべきである。対話、ダイアログを重視する姿勢が必要である。東電はようやくTwitterをスタート(遅すぎる!)そのくせ、計画停電はHPで公表する傲慢さ!今の時代は企業にこれまでとは比較にならない「ハイパーな透明性」が求められる時代である。ウソ、情報操作していると思われ、コンテクスト作りに失敗すると、コミュニケーションの質は著しく低下する。

企業はリスクマネジメントにおいて、東電が犯した日本最大級の失敗(3つの過ち)から学ぶことができるはずだ。