2010年9月11日土曜日

mixi新プラットフォーム発表、人と人のつながり何が変わるのか?

 mixi新プラットフォームの発表会がおこなわれた。方向性はソーシャル化の強化、オープン化の推進、他国のSNSと連携しグローバル展開という流れ。ソーシャル化の方向は大方の予想通りであったが事業展開がスピードアップした感があった。

ネットの世界も急速に地殻変動が続いている。インターネットの最初の利用画面がポータルや検索からソーシャルストリームに変わったり、情報収集も検索からソーシャルグラフを利用する形になったりと、我々のネットの行動パターンもここ1〜2年でだいぶ変わりつつある。

 企業側もこれまでは、検索画面の上位に自分たちを表示してもらうための最適化(SEO)が重要だったが、これからはSGO(ソーシャルグラフ最適化)が重要になり、友人知人にいかにバイラルしてもらえるかがポイントとなっていく。

 ソーシャル化によって何が根本的に変わるか? 一つはユーザーが求める情報を探す時代から自然に集まる時代になっていく。また、その情報を画一的な情報から、よりそのユーザーにあったカスタマイズ化された情報になっていく方向性が予想される。

 ソーシャルグラフプロバイダーを標榜するmixiにとって克服しなければならないのはソーシャルグラフの劣化(データが古くなった)と匿名性の弱みの克服である。

1人1人がつながることで何が変わるのか? これまでのデータを単に流すという機能面が重要な時代から、より感情、生き生きとした息吹が流れる世の中になっていくのではないだろうか? それはツイッターによって既に証明されていると思う。

2010年9月10日金曜日

ソーシャルファイナンスの機能

 もともと、金融機関は資金余剰主体から資金不足主体にお金を流す(資金仲介)が一つの重要な役割である。お金とともにリスクのトランスファー機能も有する。これとともに、情報生産機能、情報仲介企業も金融機関の重要な役割だが、この情報機能がソーシャル化の影響を大きく受けている。

 新しい金融は、借り手の定型的なデータだけでなく、定性的なデータ、お金が必要な背景、事業に対する思いなどもリアルに伝えられるようになった。そうすると、借り手側は貸し手の共感をどう得るかが重要になってくる。要は、これまでの無機的な金融が、ソーシャル化によって、より人間らしく、人と人とを 瞬時に結びつけるシステムとして機能し始めてきたと言えるかもしれない。

2010年9月9日木曜日

ポータル系サイトのグルーポン型サービスの参入が増えるか?

 宿泊予約の(株)一休が、プレミアムクーポン共同購入サイトを今秋オープンすることを発表した。いわゆるグルーポン型サービスの参入である。発表後、株価の上昇が続いている。ポータルサイトとグルーポン型サービスの潜在的な価値獲得の可能性を評価している。

ぐるなびはピクメディアとの提携という形をとったが、今回は直接参入型。今後、ポータル系の会社が独自サービスとして、グルーポン型サービスの参入が増えていくと思われる。私も1社コンサルティング中である。ポータルに登録している個々の会社にはできないことでポータル系の会社で実現できることが実はたくさんある。

購買フェーズを購買検討段階〜お試し〜購入と考えると、ポータル系の役割は前半の比較検討に情報的価値が高い。そのような価値をグルーピング化して、パッケージ化することで、クーポンとしてまとめることも可能である。また、リアルタイム性をどう引き出すかもサービス設計のポイントとなるところで、設計者の腕の見せ所である。

2010年9月7日火曜日

日本経済のソーシャル化、信頼ネットワーク

信頼資本財団が面白い試みをしている。熊野理事長の考え方はラディカルで刺激的だ。ソーシャルの本質を理解する上で非常に役立つ。

 社会的企業に対して無担保・無利子で300万円を上限に融資する。その際に、融資を受ける人は「信頼責任制」といって自分の知り合いを3人紹介する。この人たちは融資を返済する法律的な義務は負わない。あくまで、「信頼できる人の輪作り」と「信頼の可視化」を目的としたものなのである。また、融資を受ける人は知恵の提供を義務づけられ、データーベース化され原則公開される。

 数値化も言語化もできない無形の信頼という価値が、有形の貨幣価値を生み出すもとになるというのが考え方のベースである。

 ただし、融資期間は25ヶ月。信頼が貨幣価値に転換していく期間としては短かすぎる嫌いはある。また、初期投資を必要とするビジネスにも融資なのでそぐわない面もある。
しかしながら、社会的企業への融資の第一歩の試みとしては評価できよう。

 信頼が貨幣価値を生み出すベース。日本経済という貨幣価値の転換物が不調に陥っていることは、逆にみると、日本の様々な関係の信頼関係が傷ついていることを意味している。会社と従業員の信頼関係、投資家と会社の信頼関係、会社とその取引先の信頼関係など。

 日本経済(貨幣的価値を高める)が再生するには目に見えない信頼というネットワークをもう一度結び直す必要があるのだろう。逆説的だが、信頼は利己的行動ではなく利他的な行動によって生み出されるということがヒントとなる。

コトラーのマーケティング3.0って面白いの?

 「コトラーのマーケティング3.0」が出版されたので読んだ。副題にはソーシャルメディア時代の新法則と書かれているが、これは原本には書かれておらず、売るためのキャッチである。

 マーケティング1.0は製品を販売することが目的。マーケティング2.0は顧客を差別化によっていかに満足させるかが目的。マーケティング3.0で、世界をよりよい場所にすることが目的となり、マインドとハートと精神性を持つ人人的存在として考え、価値を追求といけないというのがざっとした内容。最後に、マーケティング3.0の10原則を掲げているがこれはややチープな感じがした。

これからは刺激を受けた私の考え
 ソーシャルメディアによって、顧客1人1人が結びつき、セグメントマーケィングが有効性を失いつつある。アプローチできるのは個ではなく、その自律的集団であるコミュニティだけとなる。その場合の企業とユーザーとの関係性は販売する者と購入する者という関係ではなく、企業もコミュニティの参加者という位置づけになる。パワーは企業からコミュニティに移り、企業は顧客の支配力、コントロール力を失う。有効な戦略は健全なコミュニティを育て、寄り添うような関係を維持することか? そのためには企業のミッションを掲げ、ストーリーを語り、内と外の間の垣根を取り払い、完全な透明性を獲得しなければならない。

2010年9月6日月曜日

社会起業家の競争って何だろう?

 1ヶ月余りにわたる公共未来塾(プログラム)が終わり、めでたく卒業。社会起業家の目的すべきものは何かということを考えてみたい。

 資本主義の競争は、その目的は株主価値の最大化である。要は株主を儲けさせるための競争。それに対して、社会起業家の競争は、様々な社会に関わる方々をよりハッピーにするための競争と言えるかもしれない。単一の経済主体のためというよりも、より大きな社会的な大義(コーズ)のための競争。
 
 どちらが経済のエンジンとして強いか? 働く人たちにパワーを与えるか? 資本主義の競争は、その目的は明確である。所有権、強いインセンティブがエンジン。ただし、所有と経営の分離によってだいぶ効率が低下した。いわゆるエージェンシーコストの発生である。経営者に一生懸命働いてもらうために多額のストックオプションを発行したり、モニタリングするために多額の監査報酬を出したり。本来、所有者=経営者の場合には存在しなかったコストである。社会起業の場合、大きな大義ということが働く人たちに大きな力を与える場合もある。また、金銭的報酬を支払わなくても、共感してくれた方々が手伝ってくれたりと、効率性が高まる要素ももっている。大義、ミッションからぶれない経営をするかがパワーの源泉となる。
 
「会社は誰のものか?」は問われ続けている問題だが、いまでもやっぱり、所有権は株主といっていいと思う。問題は、会社は誰のためにあるのかが重要となっている。地域、社会、みんなのため。

 自分を含むみんなのためであれば競争は論理的にはありえないので、「みんなのための協調、協力」ということになるだろう。この部分が本質的なところでもあり、逆に利害関係者の調整が難しいところでもある。健全なコミュニティをどう形成するか? という問題につながる。